このブログを読んでくれている人から、一番気になると言われそうな話です。
パチンコしかしない義父(社長)と、どうやって同じ会社でやってきたのか。正直に書きます。
義父は基本的に会社に来ない
まず前提として、義父は基本的に会社に来ません。肩書きは社長ですが、日常的な業務には全く関わっていない。来ない日の方が圧倒的に多い。
だから正直なところ、経営面での衝突はほとんどありませんでした。衝突するには、まず顔を合わせないといけない。でも会社にいないから、そもそも衝突する機会がない。
会社に入る前と後で、義父との関係はあまり変わっていません。義父は義父のペースで生きていて、自分は自分のペースで経営している。そういう状態です。
たまに来ると怒鳴ってくる
ただ、たまに会社に顔を出すことがあります。そういう時に困るのが、理由のよくわからない怒鳴り声です。
以前、工場の掃除をしていたら「掃除なんかしてたら赤字だ」と怒鳴られたのは以前の記事で書きました。あれが典型的なパターンで、何かを見てひとこと言いたくなるようです。
最初は正直、カチンときました。給料もほぼもらえていない状態で、朝から晩まで働いているのに怒鳴られる。理不尽だと思いました。
でも、ある時から考え方を変えました。
「はいはい」とほぼ無視が最適解だと気づいた
義父の怒鳴り声に対して、正面からぶつかっても意味がないと気づきました。議論しても話が噛み合わない。感情的になっても何も解決しない。
では、どうするか。答えはシンプルでした。「はいはい」と聞き流して、自分のやるべきことを続ける。それだけです。
義父が何か言ってくる → 「はいはい」と受け流す
義父が帰る → 自分のやるべきことを続ける
これを繰り返すだけ。
感情を消耗するのが一番もったいない。義父の言葉に振り回されて、本来やるべき経営業務がおろそかになる方が損です。エネルギーは会社を良くすることに使う。義父への対応は最小限にする。それが自分の中での最適解でした。
経営の孤独。唯一の救いは同級生の親友だった
家業継承の難しさの一つは、経営の悩みを相談できる相手がほぼいないことです。義父には言っても意味がない。社員さんには経営の実態を全部話すわけにもいかない。
妻に愚痴るという選択肢も、自分にはありませんでした。義父は妻の父親です。家族の悪口を妻に向かって言い続けるのは、妻にとってつらいだろうと思っていた。だから妻には経営の愚痴はほぼ言いませんでした。
そんな状況の中で、唯一の救いになってくれたのが同級生の親友でした。
お金がないから外食もできない。だから親友の家に行って、宅飲みしながら愚痴を聞いてもらいました。「義父にまた怒鳴られた」「現預金がやばい」「本当にこれでいいのか」。溜まっていたものを全部吐き出した。
親友は経営者じゃないし、アドバイスをくれるわけじゃない。でも、ただ話を聞いてくれるだけで、頭と心が整理されていきました。あの宅飲みがなかったら、精神的に崩壊していたと思います。本当に。
経営者に「聞いてくれる人」は絶対に必要
この経験から強く思うのは、経営者には「話を聞いてくれる人」が絶対に必要だということです。アドバイスをくれる人じゃなくていい。ただ聞いてくれる人が一人いるだけで、全然違う。
経営の孤独は、経験した人にしかわからない。誰にも相談できず、全部自分で抱えて、それでも毎日動き続けないといけない。そのプレッシャーは想像以上です。
もし今、同じように孤独を感じている経営者がいるなら、話を聞いてくれる人を一人だけでも見つけてほしいです。それだけで、だいぶ違います。
義父の存在をどう捉えているか
今、義父の存在をどう捉えているかというと、正直複雑です。会社をここまで追い詰めた張本人でもあるからです。
でも一つ言えるのは、義父がいたからこそ自分がここにいるということです。恨んでも仕方ない。変えられないことに感情を使っても意味がない。今できることに集中する。それだけです。
義父への対処法まとめ:
・怒鳴られたら「はいはい」と受け流す
・正面からぶつからない
・感情を消耗しない
・変えられないことより、変えられることに集中する
同じ境遇の人へ
家業継承をした人の中には、同じような状況にいる人もいると思います。前の経営者がまだいる中で、実質的に経営を担っている。そういう立場の難しさは、経験した人にしかわからない。
感情を消耗しないでください。理不尽なことに怒る気持ちはわかる。でも、そのエネルギーを会社を良くすることに使った方が、絶対にいい結果になります。そして、話を聞いてくれる人を一人だけでも作ってください。それが経営者としての精神的な土台になります。
次回は、給料がほぼゼロの時期に家計をどうやって回していたか。あの時期の生活の実態を正直に書きます。



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