現預金20万・借金5000万の会社を継いだ話。それでも飛び込んだ理由を正直に書く。

承継決断編

現預金20万・借金5000万の会社を継いだ話。それでも飛び込んだ理由を正直に書きます。


はじめまして、ケンジロウです。
このブログは、瀕死の家業を継いで経営再建した男のリアルな記録です。
きれいごとは一切なし。数字も感情も、全部そのまま書いていきます。


安定の塊みたいな会社にいた。

元々、インフラ企業に勤めていました。高卒で入社して10年。最終的には管理サイドに落ち着いて、係長のようなポジションまではいっていた。高卒にしては出世した方だと思ってます。

給料は安定してる。仕事もわかってきてる。でもなんか、このままでいいのか、という感覚がずっとどこかにあった。それがコロナ禍でいよいよ表面に出てきた感じです。

コロナが来て、子供が生まれて、妻の実家から家業を継いでもらえないかという話が出てきた。この3つが重なって、人生を本気で考えざるを得なくなったわけです。


妻の実家の会社、実態は地獄だった。

妻の家業は農業用ハウスのメンテナンスと資材販売をやっている零細企業です。「継がないか」という話を聞いた時点では、しんどそうだなー。とは認識していたけど、まさかあそこまでとは思ってなかった。

入社してしばらくは給料がほぼもらえなかった。おかしいと思って経営状況を調べたら、出てきた数字にのけ反りました。

現預金:20万円

借金:5,000万円

社員:2名

売上:約4,000万円

社長(義父):パチンコしかしない

これが現実でした。倒産寸前どころか、もう片足突っ込んでる状態です。周りの誰も知らなかった。妻にだけ正直に話したら、青ざめてました。当然ですよね。


それでも逃げなかった理由。

正直、逃げようと思えば逃げられた。前職の経験や年齢的に、転職市場に出れば普通に仕事はあったと思う。でも、逃げなかった。理由は主に二つです。①自分でなんとかしてみたかった。②妻の実家が終わる。

サラリーマンを10年やって感じたのは、「この会社の中でしか通じない人間になっていくなー。」という感覚でした。それが悪いとは思わないけど、もしも50歳頃に会社に首を切られたとしたら稼ぐ能力がまるで無い自分が世に放り出されるのはリスクだなと感じていました。

それに、この状況で逃げたら、妻の実家がつぶれる。社員さんとその家族に影響が出る。そこまで考えたら、やるしかないなと腹が決まりました。


最初にやったのは、工場の掃除だった。

入社して最初に手をつけたのは、散らかりまくった工場の清掃でした。経営戦略とか売上改善の前に、まず足元を整えないといけないと思って。

そしたら義父(社長)に怒鳴られました。「掃除なんかしてたら赤字だ」と。

あの瞬間が、一番しんどかったかもしれない。給料もほぼない、借金は5000万、社長には怒鳴られる。正直、何度か「なんでここにいるんだろう」と思いました。

でも、やめなかった。小さいことを、誠実に、積み上げていくしかなかった。それしかなかった。


1期で黒字化した。

あれから3年が経ちます。結果だけ先に言うと、こうなりました。

1期目:150万円の黒字

2期目:450万円の黒字

3期目:1,500万円の黒字見込み

まだ道半ばです。借金も返せてはいないし、経済的にラクになったかというと正直まだそうでもない。でも、「稼ぐ力は身につけられた」という手応えはある。そして、小さい事を積み上げれば乗り越えられるという成功体験は、何にも代えがたい財産になっています。


このブログで書いていくこと。

このブログでは、経営再建のリアルを全部書いていくつもりです。資金繰りのこと、固定費削減のこと、社員との関係、義父のこと、農業を副業として始めた話まで。きれいにまとめた成功談じゃなくて、泥くさ〜い現場の話を書きます。

もし今、同じように追い詰められている経営者や後継者がいるなら、この記録が少しでも参考になれば嬉しいです。一人じゃないよ、ということだけ伝えたくてこのブログを始めました。

次回は、入社初日の現実と、最初に何から手をつけたかを書きます。

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