入社初期、想像と全然違った現実に立ち尽くした話。

承継決断編

前回は、なぜ安定したインフラ企業を辞めて瀕死の家業に飛び込んだかを書きました。
今回はその続き。入社初期に何が起きたか、正直に書きます。


入社前に想像していたこと

妻の実家の会社に入ると決めた時、正直「しんどいだろうけどなんとかなるだろう」くらいに思っていました。インフラ企業で10年、管理の仕事もやってきたし、現場仕事もやってきた。零細企業なら自分の経験が活かせると思っていた。

今思えば完全に甘かった。そもそも比べるものが違いすぎた。


初日に見た光景

入社初日、会社に着いて最初に目に入ったのは、散らかりまくった工場でした。工具や資材が雑然と積み上げられ、どこに何があるかわからない状態。掃除がされた形跡もほぼない。

大企業では当たり前だった整理整頓、マニュアル、報告の仕組み、そういうものが何もなかった。

社員は2名。義父(社長)はというと、朝から不在でした。後から聞いたらパチンコに行っていたと。それが日常だったわけです。


給料が振り込まれなかった

入社してしばらく経っても、給料がほぼ振り込まれませんでした。最初は手続きのミスかと思っていたけど、そうじゃなかった。

おかしいと思って経営状況を自分で調べ始めました。帳簿を引っ張り出して、通帳を確認して、取引先への支払い状況を洗い出した。そこで初めて現実を知りました。

現預金:20万円

借金:5,000万円

売上:約4,000万円

社員:2名

数字を見た瞬間、頭が真っ白になりました。倒産寸前どころか、もうとっくに限界を超えている状態でした。

どういう状況かというと、

『今月の支払いができない。どうしよう。』という状態です。

そりゃ給料を貰えないわけだー。なるほど〜。と納得したのは記憶に鮮明です。


義父に何も言えなかった

この数字を見て、義父に直接言うべきかどうか相談しました。妻と二人で話し合った結果、言っても意味がないという結論になりました。

義父はこの現実を知った上でパチンコに行っていたわけで、危機感を持ってもらえる状況じゃなかった。言っても何も変わらない。それより自分が動くしかないと腹を決めました。


まず手をつけたのは掃除だった

経営状況を把握した翌日から、まず工場の掃除を始めました。戦略とか売上改善とか、そういう話の前に、足元を整えないといけないと思ったからです。

そしたら義父に怒鳴られました。「掃除なんかしてたら赤字だ」と。

あの瞬間は本当にしんどかった。給料もほぼない、借金は5000万、義父(社長)には怒鳴られる。正直「なんでここにいるんだろう」と何度も思いました。

でも、やめなかった。やめる理由よりも、やり続ける理由の方が多かった。社員さんの生活、妻の実家、そして自分でやってみたいという気持ち。

もう、会社も辞めちゃったし、やってみるかー!!………。。。オエ。


小さいことを積み上げるしかなかった

入社初日から数週間、できることは本当に限られていました。お金もない、人もいない、仕組みもない。でも、やれることは必ずある。

まず工場をきれいにする。経営について勉強をする。整理整頓をする。取引先を整理する。一つ一つが重かったけど少しずつ小さく前進していくしかない。

あの時期に身についた「小さいことを誠実に積み上げる」という習慣が、今の自分の経営の基盤になっています。

次回は、最初に取り組んだ固定費の圧縮について書きます。数字も含めて具体的に話します。


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