会社員時代は評価を気にして生きてた。
経営者になって、それが気にならなくなった。きっかけは特になかったけど、振り返れば理由が見えてきた。
会社員時代は評価が全てだった
会社員時代、人の評価は気にしてた。当然だと思う。評価でボーナス査定される。評価が良くないと仕事も円滑に進まない。偉い人には気を使う。
これは別に悪いことじゃない。組織で働く以上、評価は重要な要素です。でも今振り返ると、評価を気にすることに結構なエネルギーを使ってた気がする。
「この発言、どう思われるかな」「この行動、評価下がらないかな」。そういうことを考える時間、結構あった。
きっかけは特になかった。でも理由はある
経営者になって人の評価が気にならなくなった。きっかけを聞かれても、特に「これだ」というものはない。でも振り返ると、理由は見えてくる。
義父に怒鳴られたことが関係してると思う。掃除をしてたら「掃除なんかしてたら赤字だ」と怒鳴られた話を以前書いた。
あの時、もし怒鳴られるのが嫌で掃除をやめて、指示通りに動いてたら、たぶん倒産してた。
義父の評価を気にする → 掃除をやめる → 5Sが進まない → 工場が綺麗にならない
→ 信頼が積み上がらない → 単価交渉できない → 黒字化できない
評価を気にしていたら、今の会社はなかったかもしれない。
評価なんて気にしてる場合じゃねぇ、っていう環境だった。その環境が、人の評価を気にしない感覚を作ってくれた。
今の感覚は「好きになってくれる人がいればいい」
今の自分の感覚をシンプルに言うとこうなる。自分を好きになってくれる人がいればいい。それでいい。
全員に評価されようとは思ってない。義父に評価されようとも思ってない。それでも仕事の手は抜かない。困っていたら迅速に対応する。そういう行動を見て「彼いいね」と思ってくれる人がいれば、それで十分です。
全員から評価されようとする → エネルギーが分散する → 何も達成できない
好きになってくれる人だけでいい → エネルギーが集中する → 結果につながる
評価を気にしないというのは、適当にやるという意味じゃない。むしろ逆で、やるべきことを誠実にやる。その結果として評価されるかどうかは、自分でコントロールできない部分だから気にしない。という感覚です。
行動の基準は「後悔するかしないか」
評価を気にしなくなった代わりに、何を基準に行動するようになったか。それは「後悔するかしないか」です。
「これをやって、人にどう思われるか」じゃなくて、「これをやらなかったら、後で後悔するか」を考える。後悔しそうだと思ったら、行動する。
評価基準:人にどう思われるか → 他人の物差し
後悔基準:後でどう感じるか → 自分の物差し
自分の物差しで行動する方が、結果的に良い判断ができる。
600万円の仕事、1000万円の仕事を受けた時も、「失敗したらどう思われるか」じゃなくて「やらなかったら後悔するか」で考えた。後悔する方を選ばない。これが今の自分の行動基準です。
評価を気にしなくなったことで動きが速くなった
人の評価を気にしなくなったことで、一番変わったのは行動のスピードです。
以前は「この行動、どう思われるかな」と考える時間があった。今はその時間がない。後悔するかしないかだけを考えるから、判断が速い。判断が速ければ行動が速い。行動が速ければ結果が早く出る。
これは経営において大きな武器になってる。迅速対応を徹底できているのも、評価を気にせず「やるべきか・後悔するか」だけで動けるようになったからだと思う。
評価を気にしている人へ
もし今、人の評価を気にしすぎて行動できない人がいたら、伝えたいことがある。
全員に評価されることは不可能です。でも、自分を好きになってくれる人は必ずいる。その人たちのために、誠実に行動し続ければいい。
そして、行動するかどうかの基準を「評価」から「後悔」に変えてみてほしい。後悔しそうなことは行動する。それだけで、人生のスピードが変わると思う。



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