「頑張ってるね」と褒められるたび、違和感がある。経営者になって変わった褒められ方への感覚。

経営者マインド編

あなたは褒められた時、素直に嬉しいだけですか?
妻に「すごいね」と言われるたび、ありがたさと同時に違和感がある。「ん?そんなふうに見えてるの?」という感覚の正体を書きます。

「頑張ってるなー」と言われると違和感がある

たまに褒められることがある。「お!頑張ってるなー!」とか、妻からは「毎日勉強したり続けててすごいね」とか。

言われると、ありがたい気持ちは確かにある。でも同時に、違和感もある。

「ん?そんなふうに見えてるの?」という感覚です。

頑張ってる認識がない、これが理由

違和感の正体を考えてみた。理由はシンプルで、頑張ってる認識がないからだと思う。

継いだ直後の地獄のような状況、現預金20万円・借金5000万円・給料ゼロの日々。あの頃に比べたら、今は頑張ってないに等しい感覚がある。

3年前の自分:本当の意味で必死だった、限界ギリギリだった

今の自分:習慣として淡々とやっている、当たり前になっている

だから「頑張ってる」と言われても、ピンと来ない。

朝のルーティンを続けること、毎日学ぶこと、経営者として働くこと。これらはもう自分にとって「当たり前」になってる。当たり前のことを褒められると、不思議な感覚になる。

本当に褒められたいことは別にある

もし褒めてくれるなら、こういう言葉が欲しい。

「コンフォートゾーンの外に自分から出ていく姿勢、すごいね」

これが本音です。毎日のルーティンや学びは、もう習慣になってて頑張ってる感覚がない。でも、新しいチャレンジ、600万円や1000万円の仕事を受ける決断、撤退の判断。こういう部分にこそ、本当の意味での挑戦があると思ってる。

褒められて違和感がある:継続している習慣(自分にとっては当たり前)

褒められたら嬉しい:新しいリスクを取る決断(自分にとっても挑戦)

ただ、これは誰にもわかりっこない(笑)。外から見たら全部「頑張ってる」に見えるのは当然です。中身の温度差なんて、本人にしかわからないから。

会社員時代は違和感がなかった理由

会社員時代も褒められることはあった。でもその時は、こんな違和感はなかった。

理由を考えると、当時は周りとの比較があったからだと思う。同僚や先輩と比べて評価される環境では、「あの人より頑張ってる」という相対評価の中で褒められていた。だから素直に受け取れた。

でも今は、自分との戦いです。比べる相手は昨日の自分だけ。周囲からの評価軸と、自分の中の評価軸がズレてる。だから褒められても「自分の感覚とは違うな」という違和感が生まれる。

違和感があっても、感謝は忘れない

違和感はある。でも、褒めてくれる人たちへの感謝は忘れたくない。

妻が「すごいね」と言ってくれるのは、ただの社交辞令じゃなくて、本当にそう感じてくれてるから。その気持ちを大事にしたい。違和感を感じながらも、「ありがとう」と素直に受け取るようにしてる。

あなたも、誰かに褒められた時、自分の中の感覚とズレを感じたことはありませんか?それは、あなたの基準が周りより高くなっている証拠かもしれません。

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