毎日全部がコンフォートゾーンの外だった。経営を始めた当初のリアル。

経営者マインド編

前回、適正なリスクを取り続けることが本当の安定だという話を書きました。
でも振り返ってみると、経営を始めた当初は選択の余地すらなかった。毎日、小さいことまで全部がコンフォートゾーンの外でした。その話を書きます。


当初は何もかもが未知だった

経営者になって最初の頃を振り返ると、本当に何もかもが初めてでした。リストにしてみると、こうなります。

・作業内容を知らない(現場の仕事が全くわからない)

・決算書が読めない(勘定科目すら知らない)

・銀行さんと話したことがない

・農業をそもそも知らない

・税理士さんと話したことがない

・工場の整理で何かを捨てるにしても、捨てに行ったことすらない

一つひとつは小さいことかもしれない。でも、これが全部同時に降りかかってくる。毎日、何かしら初めてのことに直面する状態でした。

前回の記事で「適正なリスクを取り続けることが本当の安定」と書きました。でも当初は、適正かどうかを判断する余裕すらなかった。全部がコンフォートゾーンの外で、選ぶ余地もなく飛び込むしかなかった。


作業内容を知らないまま現場に立った

入社した時、現場の作業内容をほとんど知りませんでした。農業用ハウスのメンテナンスや資材販売の仕事は、インフラ企業での経験とは全く別の世界です。

でも社員さんに「教えてください」とお願いして、現場に立ち続けました。わからないことだらけの中で、とにかく体を動かして覚えていく。知らないことを恥ずかしいと思わず、素直に教わる姿勢を持ち続けることが、唯一の突破口でした。

最初は本当に何もできなかった。でも毎日少しずつ覚えていくことで、気づいたら現場の流れがわかるようになっていきました。


決算書が読めないまま経営していた

経営状況を把握しようとして決算書を見た時、何も読めなかった話は以前書きました。勘定科目の意味すらわからなかった。でも、わからないまま放置はできない。

毎日少しずつ調べて、YouTubeで学んで、Voicyで学んで。わからない言葉が出てきたらその場で調べる。それを繰り返すことで、少しずつ読めるようになっていきました。

今では決算書はほぼ読めるし、銀行担当者に何を聞かれても実態ベースで答えられる。でもその出発点は「全くわからない」という状態でした。


銀行・税理士との対話も全部初めてだった

銀行担当者と話す、税理士と打ち合わせをする。これも全部初めてのことでした。どんな話をすればいいのか、何を聞かれるのか、どう答えればいいのか。何もわからない状態で臨みました。

最初は緊張しかなかった。でも、聞くことから始めるという姿勢を持ち続けることで、少しずつ関係が築かれていきました。今では自信を持って対話できるようになっています。


工場のゴミ捨てすら初めてだった

これは笑い話のように聞こえるかもしれませんが、工場の整理をして何かを捨てる時、捨てに行ったことすらありませんでした。産業廃棄物の処理方法も知らなかった。どこに持っていけばいいのかも知らなかった。

でも、知らないなら調べればいい。聞けばいい。そうやって一つひとつ覚えていきました。

振り返れば、こういう小さいことの積み重ねが、経営者としての基礎を作っていたと思っています。


毎日コンフォートゾーンの外にいたから成長できた

当初の状況を振り返ると、毎日全部がコンフォートゾーンの外でした。でも今思えば、それが最大の成長環境だったとも言えます。

コンフォートゾーンの外に出る → 知らないことに直面する

→ 調べる・聞く・学ぶ → できるようになる → 成長する

→ そこが新しいコンフォートゾーンになる → また外に出る

この繰り返しが、経営者としての成長そのものだった。

選択の余地なく毎日コンフォートゾーンの外に出続けた経験は、「コンフォートゾーンの外に出ることへの耐性」を自然と作ってくれました。今では、新しいことに直面しても「また一つ覚えればいい」という感覚で動けるようになっています。

あの追い詰められた環境が、経営者としての自分を作ってくれた。そう感じています。

次回は、副業として農業を始めた理由を書きます。本業が農業用資材の販売なのに、なぜ自分で農業をやろうと思ったのか。本当の理由を話します。

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